看護職の教育に関する声明

日本看護系大学協議会

はしがき

 今日,世界の政治・経済は大きく揺れ動き,異文化の交流は進み,科学・技術の進歩はとりわけ著しい。また,医療の世界においては,少子化・超高齢化の波が押し寄せ,高度医療に伴う倫理的課題が複雑にからみあい,まさに激動の時代を象徴している。そのような時代にあるからこそ,一人ひとりのいのちは尊重されなければならない。人間のいのちに直接かかわる医療人は,常に自らの能力には限界のあることを自覚し,相互に補い合いながら何が人類の幸せにつながるかを熟考し,行動しなければならない。
 医療専門家たちは各々の専門領域において、とるべき役割を明確に自覚し,相互に理解・協力し合い,健康上の課題・問題を有する人々のために最大の努力を傾ける必要がある。
 看護は,他の専門職と同様に人間社会の要請の中で芽生え,その時代の中で変化しつつ発展を続けてきた。専門職はつねにその社会の文化や諸制度に承認されつつ発展する。その意味において,看護職のもつ専門的知識・技術はその社会,その時代の資産といえる。
 人類の生ける歳月,看護はいつも人々とともにあり,健康をまもり,その人らしい生活を築くことに貢献してきた。看護の社会的責務は,国民の期待と信頼を背に,日々の実践に必要なわざを磨き,かつまた人々の保健医療・福祉サービスの改善に立ち向かい,より健康な社会をつくるべく常に努力を積み重ねることである。
 保健医療福祉の体制が大きく変革されようとする現在,そのような任務を遂行できる人材の育成が社会的要請となり,看護系大学および大学院の設置が急速に進んでいる。
 わが国において,看護の大学教育は1950年代に始まった。1975年に存在した6つの大学は,大学における看護教育・研究の推進に関わる諸問題に取り組むため協議会を発足させた。この会は1979年6月には「日本看護系大学協議会」と改名し,「看護系大学の相互の連携と協力によって,学術と教育の発展に寄与し,看護高等教育機関の使命を達成すること」を目的に揚げ今日の活動の基盤を築いた。また1981年には,看護学の発展を図るため「日本看護科学学会」の発足を推進した。1990年代に入り,看護系の学部・学科の増設が急激に進み,本協議会に加入の教育機関は2003年4月には104校となる。
 本協議会は,会員校の総意において,看護の教育研究を担う者一人ひとりが,保健医療・福祉に寄与し,真に人々のクリオティ・オブ・ライフの向上に貢献できる人材を育成する責任を担っていることを深く認識し,ここに21世紀に向けての看護職の育成に関する本協議会の見解を表明する。

第1章 看護職の現状

1.職業としての看護の役割

 職業としての看護の誕生は19世紀の中期である。近代看護の母と呼ばれるF・ナイチンゲールは,社会の人々が,訓練された看護職によって質の高い看護を受ける権利があると訴え,今日の看護教育の基盤をつくった。
 我が国の場合は,多くの専門教育がそうであったように,その時代の要請や政策の波にもまれて,紆余曲折しつつ今日に至っている。
 現在,看護は医療職の中で最大の専門職業団体として,人々の健康維持・増進,疾病の予防または早期発見,診療および療養上の世話やリハビリテーション(または安らかな死へのケア)などのすべての過程に深く関わっており,今日の保健医療福祉の提供システムの中で自らの役割を探求できるまでに成長してきた。

2.看護職の定義と教育機関

 わが国の看護職は,「保健師助産師看護師法」により,定義,免許,業務などが規定されている。保健師は,保健指導に従事する者であり,助産師は,助産又は妊婦,褥婦もしくは新生児の保健指導を行う。看護師は,傷病者もしくは褥婦に対する療養上の世話又は診療の補助を行う。この3つの免許は厚生大臣から授与される。一方,准看護師は都道府県知事の免許を受け,医師,歯科医師,看護師の指示を受けて,看護師について規定されたことを行う,とされている。保健師,助産師,看護師の教育施設には,厚生大臣が指定した養成所,および,文部大臣が指定した学校(大学および短期大学を含む)がある。また,准看護師の教育は都道府県知事の指定した養成所または高校の衛生看護科で行われる。また,准看護師から看護師への進学を希望するものに対しては2年間の進学課程が設けられている。このように我が国における看護職は4種類の免許があり,養成過程は多様かつ複雑である。

3.看護職の働く場

 2000年12月31日現在,保健師の就業者総数は36,781名,そのうち56.1%が市町村自治体に勤務し,1.7%は福祉領域に,25.2%が保健所や企業などにおいて地域や職場の健康をまもる活動をしている。さらに10.4%の者が病院・診療所あるいは訪問看護ステーション,老人保健施設などにおいて施設から在宅ケアに至るまでの看護にかかわっている。
 助産師の就業者総数は24,511名,うち84.8%は病院・診療所,7.6%が助産所に勤務している。
 看護師・准看護師の就業者総数は1,042,468名で,70.7%が病院,18.9%が診療所で働いている。看護師の最近の傾向として,病院で勤務する看護師が少しずつ減少し,その分,診療所や社会福祉施設,訪問看護ステーションなどで働く人が増えている。准看護師の最近の傾向は,病院,診療所とも多少減少して老人保健施設や社会福祉施設で働く人が少しずつ増えている。
 このように看護職は保健医療福祉の最前線で人々のケアを行う最大多数の専門職業集団として,人々の健康または病気や障害の全過程に幅広く関与している。

4.看護職の質の向上に対する社会的要請

 超高齢・少子社会を迎える今日,人々は健康を高める活動に自ら取り組むようになるとともに,医療の場でもいのちを守り育てるために,自らの診療に参画することができるようなサービスを求めるようになった。このような社会の要請に対応するためには,看護職者自身の人間性,自律性,柔軟性がますます強く求められるようになってきている。
 このような時代においては,高度に成熟した知識・技能を有する看護職者を世に送り出すことが必要である。また,女性の社会への進出が促進され,少子化傾向が強まるにつれ,従来のように高校卒業者を,ある一定の割合で看護学生として確保するためには,魅力的な教育体制が必要となる。世界の趨勢からみれば,大学が果たす役割はますます大きくなっており,専門学校主体の教育が主であった西欧でも,国の政策としてすでに大幅に看護教育を大学化する取り組みが進んでいる。

第2章 看護学という学問の特性

1.看護は人間の歴史と共に存在している

 人が他の人の苦痛や苦悩に対して,思いやりの心をもって,その苦痛や苦悩を和らげようとする行為は,人類史始まって以来,看護として存続している。
 19世紀に近代看護の創始者として活躍したF・ナイチンゲールは,病気になれば避けられないと考えられてきた症状や苦痛が,実は日常生活のさまざまな要因すなわち自然の恵みの活用の仕方,その人の生活態度や習慣,また環境とのかかわり方などから起こっていることを指摘している。にもかかわず看護は,近代科学技術の革新に伴い飛躍的な進歩をとげた医学のかたわらにあって,20世紀に至るまで独立した学問の領域として認められないまま20世紀後半を迎えたのである。

2.看護学は人間を全体として対象とする

 看護は人間を全存在として対応する。看護職者が見る人間は,さまざまな身体部分の機能の総体ではなく,むしろひとつの統一体として存在する。
 看護学は,人間の苦痛や苦悩あるいは症状が,疾病によってのみ起因するのではなく,身体的・精神的・社会的に,全体として切り離して考えることのできないものとして捉える。看護学は,人間を生活する主体としてその生活の営みの中でとらえる。また,人間を社会的存在として,家族をはじめ多くの人々との関わりの中で変化していく存在としてとらえる。さらに,人間をめぐる環境に存在するあらゆるもの,たとえば動植物,化学的・物理的実在などと相互にダイナミックに影響し合いながら,変化していく存在として捉える。

3.看護学の焦点は,人間の健康であり,その目的は人間の尊厳をまもることである

 看護学は,個人や集団の健康に貢献する。すなわち健康増進,病気の予防,病気からの回復を支援する方法,病気や健康障害をもつ人のためには,それが悪化しないような方法を探究する。一方,死を迎えつつある人には,可能な限り安らかに過ごすことができるようその人を支援する方法を探求する。
 このような看護学がめざす目的は,その人が常に尊厳をもって自分の意思を大切にして生活し,生き抜くことができることにある。
 看護学は対象となる人の価値観,習慣,考え方,感じ方などをできる限り理解し,その上でその人が自分の力で自身のめざすQOLを目標とし,日常生活を営んでいくことができるように,また自分自身のケアができるよう,その方法をともに探究する。

4.看護学の探究方法は確立されようとしているところである

 看護実践の科学は,研究者としての主体が健康問題や課題をもつ生活者と共に存在し,追求すべき現象に取り組むことである。医学がきわめて客観的に病気の人間から距離をおいてその人の状態を吟味し判断しようとするならば,看護学は病苦をかかえて生活する人間その人の体験世界にも目を据えこれを解読し,ケアの方法を開発しようとする。看護学は,従来の機械論・還元論などを代表とする近代科学において確証された法則性のみに依存した方法だけで探究することは,到底不可能である。
 現在,看護学の領域では,既存の看護諸理論,人文・社会・自然科学の領域の諸理論や知識を学際的に活用しながら,独自の学問領域として知識体系を築きはじめている。

第3章 看護実践の質の向上と看護職教育の将来像

1.21世紀には優れたケア提供者と看護技術の研究開発の両方が必要となる

 21世紀は,看護の質が問われる時代となる。高齢・少子社会を迎えて,保健医療福祉サービスを必要とする人々の割合が増加する。医療はさらに高度化し,ケアニーズも複雑化する。看護はこのような動向に応えて,限りある資源を有効に使い,必要なサービスを組織化する。また高度化した医療を支える優れたケアを提供するための最善の仕組みを創造し,さらに時代に即したいっそう高度な看護技術を開発する必要がある。
 つまり看護の質の向上には,よいケアをしようとする実践家の努力と,ケアを行う仕組みを創造し,看護技術を開発する研究的活動の両方が必要である。ここにおいて,看護の教育研究のあり方が重要となる。

2.大学教育と専門学校教育・短期大学教育は異なる特性をもつ

 現在の看護教育課程は多様である。基本的には,専門学校教育,短期大学教育,さらに大学教育がある。
 専門学校教育と短期大学教育は職業教育*としての特性をもつ。ここでは,看護ケアが着実に実践できる人材を育成する。すなわち,そのときその場で必要とされるケアを着実に行うことのできるよき実践家の育成である。
 一方,大学教育は,専門職業教育**としての特性を持つ。ここでは看護学の学問を追究し,かつ学問的に裏打ちされた看護実践をおこなうことのできる人材を育成する。

 * 職業教育    occupational education
** 専門職業教育 professional education

3.学部課程教育では,専門職としての看護の実践ができる人材を育成する

 大学教育のうち学部課程教育では,4年間で将来,看護ケアの質の向上にすすんで貢献できる人材を育成する。現行制度のもとでの免許と関係させるならば,学部課程では,看護師免許,保健師免許の取得に必要な教育内容を統合したカリキュラムが編成され,卒業に際してこの2つの国家試験の受験資格が与えられる。さらに助産師の受験要件の得られる課程がある。
 学部課程を卒業した者に期待されるのは,専門職としての看護実践である。これは看護を科学的,理論的に捉えて遂行する能力である。具体的には,日々高度化する医療技術のもとでますます複雑になる患者や家族の多様なニーズを的確に捉えて対応できること,職場の看護チームのリーダーとして機能すること,看護チームが協力して課題を達成できるよう方向づける役割を担うことなどである。

4.大学院教育では,看護学研究者と高度専門職業人を育成する

(1)看護学研究者・教育者の育成  わが国において看護の大学教育が進展しはじめたのは,平成4年度以降である。したがって「ケアに焦点をおく実践の学としての看護学」(看護学の大学院の基準設定に向けて,平成8年7月)は,学問としてはまさにこれから確たるものに発展しようとしているところである。看護学研究者は,看護学の知識の体系化,ケアに関する専門的技術の開発を積極的に推進し,第2章で述べたような特性をもつ看護学の学問体系をうち立てるために貢献できる人材である。また,看護系大学の増加や看護教育の質の向上,ならびに生涯教育の観点から,看護教員の育成も課題である。
 看護系の大学院では,看護学研究者および教育者の育成を行うことが期待されている。

(2)高度専門職業人の育成  医療技術の高度化に対応して,病院でも地域でも質の高い看護ケアを提供できる人材が必要である。それには,卓越した臨床看護能力,現場のさまざまな問題を科学的合理的かつ倫理的に解決する能力,また,看護職だけではなく関連職種個々の専門的能力や特性に通じ,全体として十分なケアが提供できるようにするチームケアや管理的能力も必要とされている。さらに国や自治体レベルで国民,地域住民のヘルスニーズを的確に把握し,必要な看護職員を確保するための企画能力も要求される。
 看護系大学院では,このように高度な能力をもち実践現場をリードする機能を果たす卓越した看護実践家である専門看護師,看護管理者,看護行政担当者などになるべき人材を育成する。なお,本協議会では,専門看護師教育課程の基準作りや教育の在り方について長年にわたり検討を重ねるとともに,その都度成果を公表してきた。

第4章 本協議会の基本姿勢

1.看護職の基礎教育をすべて大学レベルとする長期的構想をもつ

 少子・高齢社会となる21世紀には,在宅ケアへの要請が高まることが考えられる。在宅ケアの場では,おもに療養にかかわる看護師の機能と,健康づくりにかかわる保健師または助産師の機能が合わせて求められる。
 加えて,ますます多様化する国民のニーズに応えるためには,看護系大学が行っているような看護教育と保健師または助産教育を統合する一貫した教育こそ必要になる。  本協議会は,将来の看護人材の質と量を推定するために必要な多くの要因を吟味し,長期的展望のもとに,看護職の基礎教育をすべて大学レベルとする構想を提案するものである。また,これを実現するための諸課題の解決に努めるものである。

2.准看護師養成制度を21世紀の早い段階で停止すべきである

 本協議会は看護職全体の質の向上に強い関心をもっている。また,人は誰しも質の高いケアを受けたいと願っている。そうした願いに応えるためには,大学進学が一般的に高まっているわが国の状況に鑑み,可能な限り高等教育体制を整備すべきである。中学校卒業を基礎資格とする准看護師養成は,そうした要請に応えるためには,制度として幾多の問題のあることがすでに明らかである。
 よって,国民がどこに住んでいようと等しくよりよい看護を受けられるように,准看護師養成制度は21世紀の早い段階で停止することができるよう,国がその責任において停止の時期をできるだけ早く明確にすることを要請するものである。

3.看護系大学は,看護を社会の資産として発展させるため,生涯教育の場として積極的にその門戸を開放する

 平成10年度の学校教育法の一部改正により専修学校卒業者に対して大学編入への道が開かれたことは歓迎すべきである。これまで看護の専修学校卒業者の中には,自ら努力して一般の大学に進学し,学士の学位を得ている者が少なくない。
 看護系大学は,向学のこころざし篤い看護職者に対して,積極的にその門戸を開放する。また,専修学校卒業者に対しては,編入学,科目等履修生などへの道を開くものである。
 さらに准看護師の質の向上のためには,生涯教育の観点から必要な教育の整備には可能な限り協力するものである。

4.看護系大学が看護学の教育研究の拠点として十全に機能するよう,その条件整備に努める

 医療の高度化は,必然的に看護実践の高度化,専門分化をもたらす。時代の要請に応えて新たな知識を創造し,技術を開発していくことは,看護系大学の使命である。しかし,教育研究者である教員のマンパワーの問題をはじめ現行のしくみは必ずしも看護学の教育研究を推進するに十分とは言えない。
 本協議会は,看護系大学の教員組織のあり方をはじめ,研究費や人的資源を確保する方途を探る。また,かずかずの今日的課題への対応に迫られる看護系大学が看護学の教育研究の拠点として十全に機能するよう,条件整備に努める。さらに看護学の研究に専念できるスタッフをもつ研究施設の設置に向けても努力するものである。

5.大学院教育の成果を看護の現場に積極的に還元する

 かつて看護系大学が少なかった時代には,大学院をでた看護職の多くは,教育研究者として看護の分野に貢献してきた。このような貢献も重要ではあるが,受けた教育の成果をケアを必要とする人々に対して直接返していくこともあわせて重要である。
 本協議会は,大学院教育の成果を看護の現場に積極的に還元することを考え,そのためのしくみづくりとして,1995年から看護のスペシャリストの教育課程を検討してきた。
 いま看護学の修士課程をもつ大学は63校になり,専門看護師の育成に取り組む大学院も増えている。本協議会は,1998年より専門看護師教育課程を認定するシステムを発足させ,卓越した実践家を育てるための教育の水準維持に努めている。

あとがき

 日本看護系大学協議会は,近年,看護系大学の増設が進んでいる現状に大きな意義を認め,21世紀に入った機会に,看護職のあり方や看護教育の方向についての考え方を明確にしておくことが重要であると考えた。この声明によって,社会の人々の健康への看護の貢献と看護職の責務・責任がより多くの人々に理解されるならば幸いである。