202607

三重県立看護大学 看護学部
西井 尚子

看護師免許を取得直後から精神科単科病院に就職。以降、入院中の方だけでなく在宅で生活されている方への看護実践(デイケア・訪問看護)も行ってきた。聖路加看護大学(現・聖路加国際大学)大学院看護学研究科博士前期課程・大阪大学大学院医学研究科保健学専攻博士後期課程を修了。2025年4月から現職。専門分野は精神看護学。

精神看護に何ができるか

 精神疾患を抱える人に、看護は何ができるのだろうか。そんなことを、ずっと考えています。
 大学時代心理学を勉強していた私は、心理の学生として実習に赴いた精神病院で初めて白衣を着ました。病棟に入って患者さんのところに行き、何をしたのかは覚えていません。ただ、目の前には体も表情もカチカチになった患者さんがいたこと、同じ病棟の別の空間には、看護師さんと楽しそうにおしゃべりをしたり、歯を磨いたりしている患者さんがいたこと、そんな絵を覚えています。精神疾患を持つ人の、生活を支える人になりたい。看護師になりたい。それが、転身のきっかけでした。
 免許を取る目的が「精神科で看護をすること」だったので、卒後迷わず精神科に就職しました。働きながら、精神看護はこれで合っているのだろうかと悩み、常に正解を探していたように思います。病棟で6年近く働いたのち、精神科デイケアに転職。病棟看護での「当たり前」が当たり前でなく、分かりかけたつもりの精神看護はもろくも崩れました。地域で生活する方から教えてもらったことはたくさんあります。生きる苦悩、楽しむ工夫、乗り越える力、それらすべてをまかなうエネルギー。私にできることなど何もないような、そんな無力さを味わいました。もう一つ教わったことは、彼らは医療費を払い対価を得にきているという現実です。私のいたデイケアでは、毎日お会計をしていました。医療費を現金でいただきます。病棟では意識してこなかった「当たり前の」現実に直面して、無力だと嘆いていられませんでした。何とかデイケアにやってきて、お金を払ってサービスを受ける。望まない精神疾患を患い、疾患による障壁だけでない、社会的な障壁とも戦いながら日々を過ごしている。目の前のその方が求めていることは何か、その求めに看護が、チームができることは何か。私も全力で支援をしなければと、常に思考していたように思います。
 精神科訪問看護には、また違う景色がありました。組織やチームに守られた病棟とも、メンバーさんを含む仲間と場を共にしていたデイケアとも違い、一人その方の生活の場に入る。緊張感もあるけれど、親近感もありました。生活の彩りが少しでも豊かになりますように。その人の大切なものが守られますように。求められることも、願うことも、それぞれに違うけれど、根底で共通していたのは、その方の孤独感であり、私自身の孤独感であったように思います。訪問の時間をともに過ごすことが、その方の生活にとって何かの意味になるようにと思考を続けるばかりでした。
 精神看護で使える道具は多くはありませんが、必ず使うものがあります。自分自身の知識と経験、そして思考と感情です。大学で学ぶ4年間は、思考する力を育むと私は思っています。講義で知識を学び、実習で技術を学ぶ、そこからさらに、自ら学びを深め探求する力を育みます。それが、学問であるからです。
 私はこれまでの道中で修士課程・博士課程と学びを続けてきました。実践との行き来は大変ではありましたが、迷ったとき、立ち止まったとき、看護学が根拠を支え、道を示してくれることを何度も体験してきました。自分自身を道具にするというあいまいな領域にあって、看護学は揺るがない支えとなるのです。
 精神疾患を抱える人に、看護は何ができるのか。この問いに、今も一つの答えは出ていません。でも、それでいいと今は思っています。答えを持ち続けるより、問い続けること、思考を続けることの方が精神看護には似合っている気がするからです。大学で過ごす4年間が育むのは、すなわち、この問いを手放さない力であってほしい。そして、その力をもってそれぞれの現場で、それぞれの看護を紡いでいてほしい。それが、精神疾患を抱える人の生活を支えることにつながると信じながら、これからも自分自身に、学生さんに、問い続けていこうと思います。

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