看護職の教育に関する声明日本看護系大学協議会
はしがき
今日,世界の政治・経済は大きく揺れ動き,異文化の交流は進み,科学・技術の進歩はとりわけ著しい。また,医療の世界においては,少子化・超高齢化の波が押し寄せ,高度医療に伴う倫理的課題が複雑にからみあい,まさに激動の時代を象徴している。そのような時代にあるからこそ,一人ひとりのいのちは尊重されなければならない。人間のいのちに直接かかわる医療人は,常に自らの能力には限界のあることを自覚し,相互に補い合いながら何が人類の幸せにつながるかを熟考し,行動しなければならない。 第1章 看護職の現状 1.職業としての看護の役割
職業としての看護の誕生は19世紀の中期である。近代看護の母と呼ばれるF・ナイチンゲールは,社会の人々が,訓練された看護職によって質の高い看護を受ける権利があると訴え,今日の看護教育の基盤をつくった。 2.看護職の定義と教育機関 わが国の看護職は,「保健師助産師看護師法」により,定義,免許,業務などが規定されている。保健師は,保健指導に従事する者であり,助産師は,助産又は妊婦,褥婦もしくは新生児の保健指導を行う。看護師は,傷病者もしくは褥婦に対する療養上の世話又は診療の補助を行う。この3つの免許は厚生大臣から授与される。一方,准看護師は都道府県知事の免許を受け,医師,歯科医師,看護師の指示を受けて,看護師について規定されたことを行う,とされている。保健師,助産師,看護師の教育施設には,厚生大臣が指定した養成所,および,文部大臣が指定した学校(大学および短期大学を含む)がある。また,准看護師の教育は都道府県知事の指定した養成所または高校の衛生看護科で行われる。また,准看護師から看護師への進学を希望するものに対しては2年間の進学課程が設けられている。このように我が国における看護職は4種類の免許があり,養成過程は多様かつ複雑である。 3.看護職の働く場
2000年12月31日現在,保健師の就業者総数は36,781名,そのうち56.1%が市町村自治体に勤務し,1.7%は福祉領域に,25.2%が保健所や企業などにおいて地域や職場の健康をまもる活動をしている。さらに10.4%の者が病院・診療所あるいは訪問看護ステーション,老人保健施設などにおいて施設から在宅ケアに至るまでの看護にかかわっている。 4.看護職の質の向上に対する社会的要請
超高齢・少子社会を迎える今日,人々は健康を高める活動に自ら取り組むようになるとともに,医療の場でもいのちを守り育てるために,自らの診療に参画することができるようなサービスを求めるようになった。このような社会の要請に対応するためには,看護職者自身の人間性,自律性,柔軟性がますます強く求められるようになってきている。 第2章 看護学という学問の特性 1.看護は人間の歴史と共に存在している
人が他の人の苦痛や苦悩に対して,思いやりの心をもって,その苦痛や苦悩を和らげようとする行為は,人類史始まって以来,看護として存続している。 2.看護学は人間を全体として対象とする
看護は人間を全存在として対応する。看護職者が見る人間は,さまざまな身体部分の機能の総体ではなく,むしろひとつの統一体として存在する。 3.看護学の焦点は,人間の健康であり,その目的は人間の尊厳をまもることである
看護学は,個人や集団の健康に貢献する。すなわち健康増進,病気の予防,病気からの回復を支援する方法,病気や健康障害をもつ人のためには,それが悪化しないような方法を探究する。一方,死を迎えつつある人には,可能な限り安らかに過ごすことができるようその人を支援する方法を探求する。 4.看護学の探究方法は確立されようとしているところである
看護実践の科学は,研究者としての主体が健康問題や課題をもつ生活者と共に存在し,追求すべき現象に取り組むことである。医学がきわめて客観的に病気の人間から距離をおいてその人の状態を吟味し判断しようとするならば,看護学は病苦をかかえて生活する人間その人の体験世界にも目を据えこれを解読し,ケアの方法を開発しようとする。看護学は,従来の機械論・還元論などを代表とする近代科学において確証された法則性のみに依存した方法だけで探究することは,到底不可能である。 第3章 看護実践の質の向上と看護職教育の将来像 1.21世紀には優れたケア提供者と看護技術の研究開発の両方が必要となる
21世紀は,看護の質が問われる時代となる。高齢・少子社会を迎えて,保健医療福祉サービスを必要とする人々の割合が増加する。医療はさらに高度化し,ケアニーズも複雑化する。看護はこのような動向に応えて,限りある資源を有効に使い,必要なサービスを組織化する。また高度化した医療を支える優れたケアを提供するための最善の仕組みを創造し,さらに時代に即したいっそう高度な看護技術を開発する必要がある。 2.大学教育と専門学校教育・短期大学教育は異なる特性をもつ
現在の看護教育課程は多様である。基本的には,専門学校教育,短期大学教育,さらに大学教育がある。
* 職業教育 occupational education 3.学部課程教育では,専門職としての看護の実践ができる人材を育成する
大学教育のうち学部課程教育では,4年間で将来,看護ケアの質の向上にすすんで貢献できる人材を育成する。現行制度のもとでの免許と関係させるならば,学部課程では,看護師免許,保健師免許の取得に必要な教育内容を統合したカリキュラムが編成され,卒業に際してこの2つの国家試験の受験資格が与えられる。さらに助産師の受験要件の得られる課程がある。 4.大学院教育では,看護学研究者と高度専門職業人を育成する
(1)看護学研究者・教育者の育成
わが国において看護の大学教育が進展しはじめたのは,平成4年度以降である。したがって「ケアに焦点をおく実践の学としての看護学」(看護学の大学院の基準設定に向けて,平成8年7月)は,学問としてはまさにこれから確たるものに発展しようとしているところである。看護学研究者は,看護学の知識の体系化,ケアに関する専門的技術の開発を積極的に推進し,第2章で述べたような特性をもつ看護学の学問体系をうち立てるために貢献できる人材である。また,看護系大学の増加や看護教育の質の向上,ならびに生涯教育の観点から,看護教員の育成も課題である。
(2)高度専門職業人の育成
医療技術の高度化に対応して,病院でも地域でも質の高い看護ケアを提供できる人材が必要である。それには,卓越した臨床看護能力,現場のさまざまな問題を科学的合理的かつ倫理的に解決する能力,また,看護職だけではなく関連職種個々の専門的能力や特性に通じ,全体として十分なケアが提供できるようにするチームケアや管理的能力も必要とされている。さらに国や自治体レベルで国民,地域住民のヘルスニーズを的確に把握し,必要な看護職員を確保するための企画能力も要求される。 第4章 本協議会の基本姿勢 1.看護職の基礎教育をすべて大学レベルとする長期的構想をもつ
少子・高齢社会となる21世紀には,在宅ケアへの要請が高まることが考えられる。在宅ケアの場では,おもに療養にかかわる看護師の機能と,健康づくりにかかわる保健師または助産師の機能が合わせて求められる。 2.准看護師養成制度を21世紀の早い段階で停止すべきである
本協議会は看護職全体の質の向上に強い関心をもっている。また,人は誰しも質の高いケアを受けたいと願っている。そうした願いに応えるためには,大学進学が一般的に高まっているわが国の状況に鑑み,可能な限り高等教育体制を整備すべきである。中学校卒業を基礎資格とする准看護師養成は,そうした要請に応えるためには,制度として幾多の問題のあることがすでに明らかである。 3.看護系大学は,看護を社会の資産として発展させるため,生涯教育の場として積極的にその門戸を開放する
平成10年度の学校教育法の一部改正により専修学校卒業者に対して大学編入への道が開かれたことは歓迎すべきである。これまで看護の専修学校卒業者の中には,自ら努力して一般の大学に進学し,学士の学位を得ている者が少なくない。 4.看護系大学が看護学の教育研究の拠点として十全に機能するよう,その条件整備に努める
医療の高度化は,必然的に看護実践の高度化,専門分化をもたらす。時代の要請に応えて新たな知識を創造し,技術を開発していくことは,看護系大学の使命である。しかし,教育研究者である教員のマンパワーの問題をはじめ現行のしくみは必ずしも看護学の教育研究を推進するに十分とは言えない。 5.大学院教育の成果を看護の現場に積極的に還元する
かつて看護系大学が少なかった時代には,大学院をでた看護職の多くは,教育研究者として看護の分野に貢献してきた。このような貢献も重要ではあるが,受けた教育の成果をケアを必要とする人々に対して直接返していくこともあわせて重要である。 あとがき 日本看護系大学協議会は,近年,看護系大学の増設が進んでいる現状に大きな意義を認め,21世紀に入った機会に,看護職のあり方や看護教育の方向についての考え方を明確にしておくことが重要であると考えた。この声明によって,社会の人々の健康への看護の貢献と看護職の責務・責任がより多くの人々に理解されるならば幸いである。 |